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2018年のお盆になって、

2歳になったばかりの男の子が行方不明になってましたが、


3日後、68時間ぶりに、

大分県からかけつけてくれたボランティアの尾畠春夫さんによって、

無事、発見されました。


尾畠春夫 



〉〉〉よく生きていた――。

(山口県)周防大島町家房で行方不明になっていた、

防府市の藤本理稀(よしき)ちゃんが3日ぶりに見つかった。

〉〉〉地元の消防団長を務める浜本孝則さん(60)は

理稀ちゃんが行方不明になった12日から捜索に加わっていた。

「14日も山をしらみつぶしに探したが、見つからなかった。

この暑さでよく生きていた」と喜んだ。

〉〉〉3日間の捜索は警察、消防、海保、町役場に加え、

地元住民やボランティアも多く加わっていた。

〉〉〉理稀ちゃんが見つかったあたりの山中は

10年ほど前まではみかん畑があったが、

いまでは地元の人でも近づかないという。

まむしもいるし、草もぼーぼー

ずっと上り坂で子どもにはきつかったのでは」と気遣った。

朝日新聞 2018/8/16


よしきちゃんが、行方不明になったのは、

8月12日午前10時半ころ。


おじいちゃんと兄(3歳)と三人で、海へ向かって歩いていたところ、

家から100メートルのところで、「帰る」と言ったので、

一人で帰らせたとのこと。


おじいちゃんが、2歳の子を一人で戻らせたのは、

後から母親が来るから、理稀ちゃんひとりでも、

戻っていけば、母親と出会うだろうから、

大丈夫では、と、思ったのではないでしょうか?

だから、ひとりで戻らせたのだと思います。


母親のほうは、先に家を出た3人を追いかけて、

5分後に、他の二人の子供を連れて、海岸へ向かったのですが、

よしきちゃんとは出会うことがなく、家に戻っていないことがわかったとのこと。


その理稀ちゃんを、3日後の、15日早朝に見つけた尾畠春夫さん。




尾畠さんは、まっすぐで、

そして、何も疑わない方なのか、


報道陣が、生年月日を聞いても答えるし、

また住所も聞かれたまま、答えて、それも細かく話しされています。


もちろん、住所をしゃべっているところの音声は消されていますが、


おかげで、尾畠さんの生年月日がわかりましたので・・・


尾畠春夫さん 昭和14年10月12日生まれ

  

  

    牽牛星 天極星

牽牛星 玉堂星 調舒星

天報星 鳳閣星 天南星


太陽・天秤座で、月も天秤座です。


太陽・月、両方が天秤座なのに、


全く警戒心なく、住所まで、答えてしまわれる・・・


天秤座はノリのいいところがありますけれど・・・


「えと(干支)は、黒ウサギ、奄美の黒ウサギ」


報道陣の人たちも(゚m゚*)プッ


それに、尾畠さんは本当に涙もろく、

よく涙ぐまれているのをみると、

火の星座を生まれた時間にお持ちではないかな、と、思うのですが、


尾畠春夫 涙 


尾畠春夫 涙1 


それはともかく、


尾畠さん、

出発前に、インタビューを受けたときに、

理稀ちゃんに会えそうな気がする、って、言っていたそうです。


そのことを自宅に戻った尾畠さんに聞いたインタビュー動画




「朝3時半目が覚めて、

ご飯食べたり、いろいろ用意しよっと時に、

なんかね、胸騒ぎちゅうんでもないけど、

なんか今日、彼に会えそうな気がしたんですよ


そして、本当に、出発して30分ほどで、

理稀ちゃんを発見してしまったのですが、


尾畠さんの日干支・壬午は、

丁亥辛巳とともに、三大霊干支と言われるもので、

正夢を見たり、

先を見通せたりする力を持っているのです。


特に、尾畠さんの場合、

月干支が甲戌で、これも異常干支ですので、

余計にその力が現れるのではないかな、と思います。


そして、尾畠さんの第一守護神」が

第一番目の場所の月干にあり、

そのうえ、その根っこが年支ので、

甲に対して卯は、天将星になります。


つまり、尾畠春夫さんは、守護神帝王!


スゴィッ(*゚д゚ノノ


本人の努力にかかわらず、運勢が伸びていく・・・

その運勢も最高に強い・・・・


ヾ(*゚∀゚*)人(*゚∀゚*)ノ


なのですが、


ちょっと残念なことに、

この守護神帝王になる「」は

お隣の年干の「」と干合して質を変えているときがあるので、

純粋な「守護神帝王」ではないのですが・・・。


でも、


〉〉〉40歳で登山を始めて、

58歳で北アルプス55山を単独縦走した。

そのころから、

由布岳の登山道の整備のボランティアを始めていた。

月に7・8回、30キロから40キロの材料を担いで登り、

登山道の整備をしたり、案内板を設置したりした。

65歳の誕生日で、鮮魚店をやめて

鹿児島県の佐多岬から北海道の宗谷岬まで、

日本列島を徒歩で縦断する旅に出る。

2006年4月1日に出発、

7月1日に全行程3250キロを歩き、無事到着。


「生まれた日本を縦に歩いてみたかったのと、

体力がどのくらいもつのか、動機は単純じゃ」



体力作りは、

「普段は、毎朝8000メートル走ってるんです。

毎朝、12700歩くらいかな。

家おるときはね、5時~6時くらいまで。」


・・・「8キロというのは、何か根拠でも・・・」

「いやあ、私は末広がりが好きだから・・・」


( ゚з゚ ) プッ

そして、健康面では、


悪いところは三つあります。

 顔が悪いんです、

 色が黒すぎます、

 足が短すぎます


と言って笑わせているくらいで、

体調の悪いところはないみたいですね。


そっか・・・

生まれた年が卯年で、うさぎ=白い・・・

だから、色の黒い自分のえとは「黒ウサギ」・・・・


リョウカイ!(^-^ゝ


そして、日本縦断の旅のときに、


毎日、朝夕にの声公衆電話で聞くことで、

それを励みにしていた、


という話ですから、


尾畠さんには奥様がいて、そして子供もいて、

その子供も結婚して、孫も生まれていることがわかります。


大成功というわけではないでしょうが、

人並みかそれ以上の人生を歩まれたのではないでしょうか・・・・


尾畠さんはおっしゃいます。


学歴も何もない自分がここまでやってこられた。

社会に恩返しがしたい

と言ってされているボランティア。


尾畠さんのご実家は、貧しかったので、

小学校5年生のときには、

農家に奉公に出されたって、おっしゃってました・・・・


この時期は、尾畠さんの大運の天中殺の時期でしたね。


やはり幼いときに苦労されているからでしょうか?


この奉公したときのいろんな経験・体験や思いが、

社会に恩返しがしたい、という思いにつながっているのでは、

と、推測します。


尾畠さんは、

守護神帝王に準じるものを持っておられるだけあって、

鮮魚店の経営は、それなりに繁盛されたのではないか、と、思います。


だから、恩返し、と!


それにしても・・・・


見つけてくれたお礼として、

理稀ちゃんのおじいさんが、食事とお風呂を、と言ったら、

お断りになられたそうで、


ボランティアは「自己完結」「自己責任」と。


天秤座太陽の下降の位置なので、

あれもこれもはやれないのです。

やれることは一つと、決めています。


その意味で、とても頑固ですし、

尾畠さんは、太陽も月も天秤座のダブルなので、

余計に、その信念は固いのだと思います。


助けてもらったほうは、せめてのお礼がしたい、と思うのですけど・・・・


それに、


壬午は、財と名誉を兼ね備えている干支です。

まじめでしっかりしている人で、

真面目に生きることで、名誉も財も安定します。

大きな財は身につかないが、

日々の生活に困ることはない・・・


広島の豪雨災害でのボランティアも、

泥水を含んだ畳を二人で運ぶ方法を伝授したりするけれど、


尾畠さんはもっぱら、

床下の泥かきをおやりになっていたとのこと。


率先して、人が嫌がる汚れ仕事をおやりになる尾畠さん・・・・


本当に、頭がさがります。


〉〉〉「おいちゃん、ここ」って言う声が聞こえた時は、

頭がまっしろになりました。

もううれしかったです。

小さな命が助かったなあ、って、思って(涙)

本当にうれしかった。


〉〉〉「マイクで母親がよびかけていたのは聞いたけれど、

本人には感じんじゃろな、と。

それより、みんなで山の中にはいって、

ナマの声でな、よしくーん、って言ってあげたほうがずっといいと思う」


〉〉〉「何も求めないのが真のボランティア。

それも日本人のよいところのひとつだと思いますね。


〉〉〉「人の痛さ、悲しさ、つらさ、

それがわかる人間になってほしい」


〉〉〉「水さえあれば、大丈夫。食い物だけではだめです。

あの状態だったら、あと4・5日は大丈夫じゃろね。

人間て強いなあ、って、思った、

水があったら、生きられるなあ、って、思った。


背中には、

〉〉〉命はひとつ、人生は一度 交通安全


報道の人が、尾畠さんが背負ってるリュックを見せて、といったら、

「昨日、買ったばっかしなんじゃが」

と冗談言って見せてくれたリュックは、

使い込まれて、

蓋のふちも手縫いで修理してある年季がはいったもの。


スマホはもちろん、携帯もお持ちでなく、

車中泊をするための寝袋も、ご自分で縫われたもの、とのこと。


そして・・・


「大分県です」
「幼い子供の命を助けてあげたいなあ(涙声)と思って・・・」

わざわざではないです。日本人だから


人のために親身になってできる民族が「日本人」


私も、日本人として生まれたことを、誇りに思い、

そして、私も、

人様のために役立つことをなにかしたい、って、思う日々です。



保守の希望の星、高須クリニックの高須克弥院長が、

〉〉〉報道ステーションの偏向報道に怒り、
「来月(2015年10月)からスポンサーを撤退する」と宣言したら、
報道ステーションが突然報道姿勢を変え始めた。

2015年「安保法制」への反対意見だけ流していた報道ステーションが、
賛成意見も報道し始めたのです。

(ノ*゚▽゚)ノ ウォ!スゴイ!!!

高須克弥 

【高須クリニック院長が語る「報ステ」スポンサー降板の全真相】
〉〉〉報道ステーションが安保法制のニュースを
取り上げ始めたころから違和感があったんです。
もともと僕は安保法制に大賛成で、
アメリカという強い兄貴が付いてくれれば、
これから日本も北朝鮮や中国になめられることもない。
それに日本は長い間占領されていた時代があったので、
植民地的な気質が残っていると感じていたんだけど、
法案成立で日米同盟が対等なものになれば、
日本人としての誇りも高くなるからいいことばかりだし、
安保法制に反対する人たちなんているとは思ってなかったんです。

〉〉〉でも朝日新聞もそうですけど、
テレ朝の安保法制の報道の仕方は
我々を戦争に導く悪い法案で、
日本人の大半が法案に反対だとか、
徴兵制を安保法制成立で進めようとしているなどと
誤解に基づくデマのような意見を初めから取り上げたり、
SEALDsの皆さんが正しいと一貫して報じていた。
僕たちは法案賛成の運動を続けていたんですが、
賛成派の存在を報道しないばかりか、
街頭のインタビューでも反対意見ばかりを流すので不快でしたね。

〉〉〉番組の中で誰かが少数意見を大事にしろと言っていた記憶がありますが、
国会の中で少数の野党の話をよく聞けと言われて
衆参両院で200時間も審議時間を費やしておきながら
1億人の国民の中で3万人程度の一般大衆がデモをやっただけで
「これが国民の総意だ」と主張することに納得いかないですね。
僕は賛成デモに行きましょうと言っただけで、
動員したわけでもないのに参加者が500人ぐらい集まりましたし、
デモをニコニコ動画で生中継したら
1万5千人のユーザーが参加して、一斉にコメントしてくれましたよ。
ニコ動の中継に集まってくれた人たちはサイレントマジョリティーだけど、
全員動員できたらいい勝負になっていたはずでしょう。
意見はあっても沈黙を守っている人はすごくたくさんいるはずなのに、
報ステが反対デモについて
「見たこともない大きい規模です、法案を通していいのでしょうか」
と報じているのを見て、気分が悪くなりましたよ

そうなんです、

現実には、賛成意見も反対意見もあるのに、
片方の意見しか流さず、
それを「国民の総意だ」とテレビで報道するというのは、
まさに「偏向報道」であり、
意図的に情報操作している、と言われても仕方がないことですね。

そして、なんと・・・・
克弥先生が、報道ステーションのスポンサーを降りる、と宣言したら、
9月18日の放送から、
急に、賛成派の意見を紹介するようになった、とのこと・・・・

ヾ(〃^∇^)ノ ワァーイ♪ヤッター

高須克弥院長 1945年1月22日
 丁 甲
 丑 申
       司禄星    天将星
禄存星 龍高星 石門星
天馳星  車騎星    天印星

日干支・は、
天性の善人である
「上流中の庶民」と言われ、品性を備えていながら、
 庶民的な行動をとる。
お人好しで、心優しく、穏やか
 親切の押し売り、お節介なところもあるけれど、
 愛情に溢れ、面倒見が良い
人を惹きつける魅力を持つ。
 商人や事業家に向く・・・・・

☆(ノ^o^)ノワォ!ソノトオリ!

高須先生は、新しい医療技術を自分の身体で試すことで有名で、
顔の整形もやっていますし、
腹筋も作ってしまいました・・・

高須克弥 整形 

「高須克弥は改造人間である。
 世界一自分にメスを入れた男」
と、『ダーリンは70歳』に書かれていますが、

〉〉〉僕は何でも自分で確かめないと納得できない
もちろん周りは反対しますよ。リスクは高いからね。
でも、考えてみてください。
シェフだって、客に出す前に自分で味見してからスープを出すでしょ。
自分が食えないものを、「こんなもんでいいや」って言って
お客さんに出すのはプロがやることじゃありませんよ。
どんなことでも、自分と自分の家族にやれないことを人にやるもんじゃない。
自分の体で試して、
「ああ、これはいい」と思えたときに初めて本物の技術になるんです。 

高須先生の
水星=知性の守護星は、山羊座にあります。

山羊座は、現実重視の星で、体験・経験重視の星です。

その水星を山羊座に持つ高須先生なので、
何でも自分で確かめないと納得できないという訳です


ところで、

お隣・韓国が整形美容の国になったのは、
なんと、高須先生が教えてた・・・!

(゚Ω゚;)ウオッ!!

〉〉〉「そうだよ! 

 韓国は昔、軍事政権で整形は弾圧されていたから、

 あまり研究がおおっぴらにできなかったんだよね。

 それで、どうしても整形をしたいという人は

 日本まで施術を受けに来ていて、それでつながりができたわけ」

〉〉〉「日本で整形した韓国の患者さんに、

 帰国してからはこんなアフターケアを受けなさいとか指導していたら、

 韓国の先生たちがみんな、“教えて!”ってなって。

 それで、みんなに施術法などもすべて指導したので、

 この『高須式ひな型』が浸透した。

 だから私は、韓国初の美容整形学会で最初から名誉会長だったし、

 その時に作った教科書が今も使われているよ!」

http://www.jprime.jp/articles/-/10396


そっか、「高須式ひな型」で整形するから、

韓国の美女だけでなく、美男も、みんな同じ顔になるのね・・・・


∥ヘ(′ェ`)ゝ__」 ナルホド フウーン・・・


それに、

盧武鉉元大統領は二重まぶたにしたことを公表しているし、

( ̄O ̄;) ウォッ!

韓国のように、みんな画一的な美男美女になってしまうのは、
どうかと、思いますが、

美容整形は、克弥先生がおっしゃるように、
人を幸せにする医療だというのは、本当だろうと思います。

人生を前向きに生きていくことができる、というのは、いいですよね。

見た目が若ければ、自分に活力も湧いてきます。
若い自分で居られることは、すべてにプラスに働くように思いますね。


さて、克弥先生は・・・・

〉〉〉日本の上空を米軍機が飛び交っているさなかに、
家の庭に掘った防空壕の中で産声を上げた。
しかし、凍てつく寒さの中で、
その産声はすぐに止み凍死しかけてしまったのだ。
高須家に100年ぶりに生まれた男の子を、
祖母である高須いまが必死になって手を尽くし、やっとのことで一命を取り留めたという。
こういった出来事もあってか、
祖母からは「おまえは特別な子供なんだ」
と言われ続けて育てられた。

〉〉〉女系家族だった高須家は、いまが後継ぎとして婿養子をもらい、
生まれたのが克弥の母“高須登代子”。
登代子も婦人科医となり、
隣町にある松崎医院の五男で内科医の“省吾”を婿養子に迎えた。
高須克弥は、高須家にとって100年ぶりの男子誕生だった。

( *¯ㅿ¯*)ヘー、ソウダッタンダー


女系家系が続いたなかでやっと生まれた男の子の克弥先生は、
高須家にとって、確かに「特別な子供」・・・

そして、克弥先生のお父さんは、
中学一年生の時に亡くなっておられるそうですが、

〉〉〉その時、父の兄弟に言われた言葉がある。
「志し半ばで倒れた父を持った息子は、
父のエネルギーを引き継ぐから大成できるぞ。ラッキーだと思え」。

算命学には、円盤法(天格法)というのがあります。

人の一生が有限であるように、
一人の人間の運勢の総量は決まっていて、
家族の運勢の総量も決まっているそうです。

人には、五徳といって、
幸福、寿命、財運、名誉運、知恵の5つの徳がありますが、
そのうちのひとつを大きく取れば、
あとの四つが小さくなるし、

家族の五徳の総量も決まっているので、
その運勢を使わずに亡くなった人がいれば、
その分、他の家族がその分を分け与えられることになります。

克弥先生のおとうさまのご兄弟の方がおっしゃったことは、
このことを言っておられたのでしょうね。

その言葉通りに、
克弥先生は、美容外科医として、
日本一どころか、世界一になられ、
年商60億とか、で、すごい大金持ちになられていますね。

それにしても、美容整形が認められていなかった日本で。
どうしてこんなに大もうけできたの?という疑問・・・・

なんと、「包茎」というのは克弥先生の発案だそうで・・・・

西原:だってこの人ですよ? 包茎を作ったの。

 で、日本中の男を恐怖のどん底に陥れて

 おもしろいほどお金が入ったんだって。

高須:うん。だってね、産業は作らなきゃなんないんですよ。 

 よく考えてみたら、

 世界中で包茎の手術ってやってないのはね、

 アジアのわれわれの地域だけなの。

 回教徒も、ユダヤ教徒も、みんな割礼をやってるの。

 これを全部やったら、計算したら6,000万人くらい……。

 それで、イエスキリストも包茎だったの。

 「包茎を治さない人は人間じゃない」くらいになって、

 AV女優との対談になって、「どういう男性が好きなの?」

 「どういう人でもいいけど、包茎だけはいやです」って答えて。

 それからどんどんブームになって、1日300人くらい手術してましたね。

村西:そんなにですか。現在でも?

高須:いや、もういつの間にやらみんな草食系になっちゃって、

 あのイワシの大群はどこに行ってしまったって感じなの。

 (会場笑)

高須:短時間で包茎を治すノウハウってのを作って、1セットで。

 1日300人やるとね、レーザーメスで切った包茎の皮の煙が、

 ダクトを通って火災報知機に反応するんですよ。

 (会場笑)

高須:それで違う方向に流したら、今度はビルに入ってる商社の人たちに、

 「このビルで人を焼く臭いがする」って言われて。

 (会場笑)

『村西とおるのナイスな夜』2015年8月6日

https://logmi.jp/88792


「産業は作らなければいけない」
まさに、おっしゃるとおりですね!

ブームを作る要素の一つは、脅し・・・
「包茎の男は、男じゃない!」
そりゃ、男として、なんとかしようと思うよねえ・・・・

一人手術代5万円として、3兆円・・・・!

∑(!? ̄Д ̄)゚Д゚)エー!!!

(#'pq')グフフ♪  by克弥

目の付け所が違いますよね、
普通だ、常識だ、と、見過ごしてしまったいるところに目を付ける。

既成の価値観にはとらわれない、独創的な発想をします。

そうすると、それは、
まだ誰も手を付けていない分野になるので、
そこに眠る需要も大きくて、

それで、大金持ち・・・・

でも、

克弥先生の凄いところは、
そのお金を自分だけのものにするのではなくて、

阪神淡路大震災、東日本大震災のときに多額の寄付、
被災者の傷を無料で治し、
世界の恵まれない地域に、小学校を建設し・・・・

と、その有り余るお金を、惜しみなく、
困っている人にばらまいてくれる・・・・
そこが、そのへんのお金持ちと違うのですね。

水瓶座は、物質的なものを無視します。
大切なものは、情報や精神や知的財産です。

〉〉〉僕はもともと貯蓄ってものに興味がないんです。
 だって死んじゃったら、あの世に持っていけないじゃない。
 だから、生きている内にいっぱいいいことをして、
 神様に褒めてもらおうと。
 赤坂でもビッグイシューを売ってるホームレスの人いるじゃない? 
 あれも僕は買うしね。
 つまり、この世で寄付したり、いいことをすると、
 あの世に積み立てができるってことです。
 あの世とのマネーロンダリングだよ(笑)。

だから、遺産も残さないそうです。

〉〉〉困っている人を助けてあげたいんですよ。
 幼い頃から母親に人を喜ばせるのが何よりも大切だと教わっていましたし、
 人に喜ばれると嬉しいからね。
 阪神大震災のときも、1年間は向こうの高須クリニックを
 無料で被災者に開放したりしていました。
 震災では、ガラスで顔や体を切ってしまった人も沢山いてね。
 そういった外傷を負った人たちを助けてあげたかった。

最高です、克弥先生!

これからも、困っている人にどんどん手をさしのべてあげてください。

そして、正しいものは、正しい!と、
これからも、発信よろしくお願いします。

《ホワイト企業》の富士そばの社長・丹道夫さんの
東京に出てくるまでのところを、前編①でご紹介しました。

丹道夫1


後編は4度目に東京に出て来てからです。

1960年、24歳、東京栄養食糧専門学校卒業。
病院の栄養士に就職したが、父の病気で再び帰郷。

1961年、4度目の上京で、食品会社に勤めるも、
埼玉県川口市に弁当屋を開業・・・・


「最初にスタートさせた弁当屋は、
田んぼのど真ん中にありました
と微笑みながら説明しだす丹社長。
閑散とした郊外立地にもかかわらず、
弁当屋は瞬く間に地元で評判の店となったという。

(ノ*゚▽゚)ノ すごーい!


そしてその繁盛ぶりに目を付けた不動産業者がある日、
丹氏に近くの駅前物件を紹介した。
「いい場所があるのでそこにも出店したらどうか」と。
丹氏は当時、商売を拡大させるつもりはそれほどなかった。
しかし、
「不動産業業者が物件を借りてくれ、と頼んできたので
駅前の物件で立ち食いそばの店を始めました。
“情けは人のためならず”という言葉が念頭にあって
不動産屋さんのためと思って、
私は無償で立ち食いそば店を始めました」。

丹氏の人間力が最初に輝きを放ったのはこの瞬間である。
“情けは人のためならず”の言葉通り、
他人のために一銭も受け取らずにボランティアで始めたそば店が、
後に、30年以上も続く大ヒット業態へと成長するのである。
他人のためにはじめたことが、自分へと戻ってくるのである。
http://in-shoku.info/foodfighters/vol51.html


弁当屋を始めた1961年は、丹さん、25歳。

初動天中殺が3歳から23歳までですから、
ちょうど、この大運天中殺から抜けていましたね。


継父の病気で前年に愛媛に戻っていましたが、
天中殺が明けた丹さんには、
見えてる世界がそれまでと全く違っています
し、

また、天中殺が明けたあとは、
丹さんの運気は、大半会と言って、
丹さんの世界が大きく大きく広がる時期でもありました。

だから、
東京に出たい、もっと広い世界に出たい、
という思いは押さえられなかったでしょうね。


初動天中殺の人は、
この時期に、あまり幸運でないほうが、天中殺明けた後の人生が楽になるのです。


天中殺は、夢見ている時期
その天中殺が明けると、目が覚めて、
意識が現実の世界に戻ります


特に
初動天中殺の人は、中年期に
それまでの人生観が大きく崩れるときがきます。


初動天中殺の時期の人生観を変えることができないと、
人生が行き詰まってしまうのです。



しかし、丹さんは、
継父にいじめられ、高校も諦めざるを得ず、
丁稚奉公に出ました。

東京に伝手を頼って出ても、採用されず、
次に福島の常磐炭鉱で働きながら、
夜間高校に通います。

これほど辛く大変な若年期を過ごされたから、
これを反面教師にして
従業員を守ろうとする社長になられたのですね。

(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ


1965年、31歳、友人と東京で不動産会社を興す
このころは面白いように儲かったそうです。

ちょうど、高度経済成長時代だったのですが、

丹さんの運気は、この年、年運で大半会がもうひとつできて、
大三合会局となりました。

大三合会局は、最も大きな干支の融合で、
宇宙的なひろがりをもちます。


だから、でしょうね。

あちらにもこちらにも人のつながりができて、
丹さんと友人の不動産会社は、
月商7億円を売り上げるまでに成長したとのこと・・・

♪⌒ヽ(*゚O゚)ノ スゴイッ!!!スゴスギ!!!


そして、
翌1966年には、立ち食いそば店を渋谷に開業。
そば屋の名前は、「富士清」

これが、不動産屋がもってきた駅前の物件の話なのかな?

このとき、31歳、丹さんの第一守護神が回ってきていました。

丹さんの、
利益を追求せずにおいしいものを食べてもらおう、という姿勢と、
この守護神と相俟って、
これまた、大繁盛となったのですね。


ところが・・・・

1972年、B型肝炎発症
丹さん、37歳、壬子年・・・

丹さんは、戌亥天中殺で、子年もまだガタガタする運気

おまけにこの年は病人の星・天胡星が回ってきていました。

丹さん、中年運も天胡星ですね。


しかし、
この病気のおかげで、健康には注意されているようですね。


丹社長は経営者にしては珍しいほど温和な人柄だ。
しかし一方で、自分自身には非常にストイックな一面も併せ持つ。
特に自分の健康管理においてはこの上なく厳しい
毎朝の日課は腹筋20回。
朝食にはバナナ1本。
タバコは一切吸わない。
接待の時は付き合いで余分に食べなければいけないことを意識し、
普段から粗食を徹底している。
このような生活を若い時から実践してきた。
さらに40代の時は、100日間にも及ぶ“断食”を敢行したという。
「まず毎朝6時に起きて20kmのランニングをしました。
その後、梅干しひとつを食べて、お茶を飲みました。
午後の3時には大豆ハンバーグを食べました。
とにかく超人的に健康な人間になりたかったのです」と丹社長。
「もともと一度やり始めたら粘り強い方」と自認する丹社長は、
健康管理においてもビジネスにおいても、やり続ける持続力を自身の真骨頂としている。
http://in-shoku.info/foodfighters/vol51.html


前編①で書きましたが、
丹さんは、ご自分のことをよくわかっておいでですね。
「私はどちらかと言うと、ひとつのことに集中して粘り強く続けられるたちです」

ご自身の日干支が「乙未」だとわかっておられる感じですね。


そして、このころ、
丹さんの人生の分岐点、
甲癸の境目」もきていました。


体を壊した丹さんは、不動産会社を退社し、
ダイタンフード㈱を設立。

そして、店を24時間営業にしました。


それは、
丹:僕が上京したての頃は泊まるお金がなくて、
そば屋に入った
のね。
店のTVで力道山やシャープ兄弟の試合を見て時間を潰してたんだけど、
店のばあさんから「お兄ちゃん、もうそろそろ閉めるから出て行ってちょうだい」って言われて、
上野のベンチで寝るわけ
あの時は寂しかったねー

丹:そう。今でも24時間やっていると、随分そういう人が来るんだよ。
この間も男のコがスーパーで買ってきたおかずを隅で食べてたの。
かわいそうだから、
従業員に「熱いスープを丼一杯持ってってやりなさい」と言ったら、
喜んで食べてたね。
やっぱり東京は地方から出てきた人が多いから、
家賃を払うのに精一杯な人も少なくないでしょ

―お店的には、あんまり長居されても困りますよね?

丹 困るは困るけど、「出てってください」とは絶対に言わない。
お互い様だから
従業員にも「冷たくしちゃダメ」と言ってるよ
いつかまたね、いいお客になるんだから。
http://news.livedoor.com/article/detail/12283459/


これが、丹社長の原点なのですね。

セブンイレブンよりも早く24時間営業にして、
夜泊まるところのない人の居場所を作ったのですね。

人(--*)感謝(-人-)感謝(*--)人


サラリーマンの月給が四万ぐらいの時代に、
毎月100万円儲かったそうです。
(twitter 富士そば一号店オープン時の思い出)


1980年代にお店は、10店を超え、社長1人では管理しきれなくなり、

そこで「現場は社員に任せよう」ということで、
1988年にグループ会社に分社化。
社員に大幅な権限委譲をしたそうです。


丹社長は、不動産業で大成功して、
月に500万円の収入があり、
やることは、遊ぶことを考えるだけ・・・となったときに、

ものすごい空虚さを感じられたのではないでしょうか・・・・
これではつまらない、と・・・・


そう、
「遊び」では、人は充実感を得られないのです。

だから、丹社長は、
まず、人を信じて
そして、人に仕事を与え、安定した給料を与えて
従業員の生活の基盤をしっかりさせるようにしたのです。


丹:昔から母に言われてたの。
「お金が欲しいなら、独り占めしちゃダメ
みんなに分けてやる精神がないと絶対に大きくなれない」って。
だから富士そばでも、前年よりよければ給料を増やしなさいと言ってるのね。
それさえしっかりしていれば、
僕がどうのこうの言わなくても、みんな一生懸命やってくれる。」
http://wpb.shueisha.co.jp/2016/11/15/75095/


丹社長の信条は、「儲かる」という文字にある。

「儲」は「信ずる」+「者」
だから、「人を信ずる人間が儲かる」

∑o(*'o'*)oなるほど!


twitter bot ‏@tan_michio 2016・11・13
でも、ぼくが出入りしているレコード会社は五十歳で55万とか言ってたけど、
うちはそんなもんじゃないもんね。
常務で100万円とってる人、いっぱいいる。
(自社の給料について)

同じくtwitter
従業員がよかれと思ってやっている気持ちに水を差すようなことをしたら、
従業員のやる気が失せます。
少々のことは自由にさせた方がいいのです。



丹社長のところの社是は、
雨降りには社長は傘になれ」だそうです。

「普段は社員に任せていますが、
何かあったときには真っ先に飛んで
社員が困らないようにしなければなりません」

全店舗を年に4回のペースで回る。
社員とのコミュニケーションが目的。
しかし「接客の仕方や店の汚れをチェックするようなことはしません。
京都の和菓子を持って、『頑張ってね』と声を掛けるだけ
です」

「店で働く従業員の採用も店長に一任です。
店長が気に入れば、前歴、学歴、年齢にかかわらず採用しています」

「でも各店舗から入金された売上げを管理し、
社員への給与や、業者への材料費の支払い、金融機関への借入金の支払いなど
『出金の蛇口』だけは、社長が自ら、開け閉めしています」
http://www.shoninsha.co.jp/blog/2016/03/19/51410/


従業員の生活第一と考えて、
アルバイトにもボーナス・退職金を出す会社、

従業員を信じて、仕事を任せて、
何かあったら、社長が責任を取る。

立ち食いそば屋なのに、
店は椅子席、竹や石を置いた内装、
そして床は大理石、

おまけに夜を過ごす客さえ追い出さない24時間営業の店、

そういう会社だから、

従業員を信じる社長だから、

年商83億の会社に成長したのです。


「従業員が資産」と言い切る丹社長、


電通とかって会社には、「鬼の十則」というのがあるそうで、
「取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは・・・・」
「周囲を引きずり回せ」


丹社長のところと、えらい違いですね。

丹社長はおっしゃいます

「自分でもよくここまで来たなと思う。
それはやっぱり、みんなのおかげだね
いい人に出会えたから
頭もいいわけじゃない、体も強いわけでもない、
そんなハンパ者だから一生懸命やるしかない。
そうしたら、みんながよくしてくれたんだよね


丹社長のこの驕り高ぶらず、
感謝の気持ちを忘れないこの姿勢

これが、本来の日本人なんですよね。

丹社長、いつまでもお元気で!

日本の会社が、全部ホワイトになる日が来ることを祈って・・・・



残業させても残業代支払わないばかりか、
残業時間も過少報告させている《ブラック企業》のニュースが多々あるなかで、

《ホワイト企業》だと評判の「富士そば」

そのダイタングループの社長・丹道夫さん。

丹道夫


なにゆえ、《ホワイト企業》だと評判なのかと言えば、

従業員を大事にする企業だから!

アルバイトにもボーナスや退職金が出る会社だから!なんですね。

スゴイ!!! o(^O^*=*^O^)oスゴイ!!!


『週刊プレイボーイ』のインタビュー記事 2016年11月15日 6時0分

丹:(ボーナス・退職金)出してるね。
人間は平等なんだよ
僕は生まれた頃に父が死んで、
母は僕を学校へ行かせるために再婚したの。
でも、弟が生まれてからは、継父は弟ばかりかわいがって、僕はいじめられた
その時にみんな平等じゃないといけないと思った
それにそのほうが楽なんですよ。
売り上げを増やせば、自分たちに返ってくるとわかってるから、
僕が何も言わなくても、なんとかして売りたいといろいろ考えてくれる。

―今、世の中にはブラック企業と呼ばれる会社も多いですが。

丹:あれは損してるなと思うよ。
なんでブラックにしなくちゃいけないかね。
ちゃんと待遇をよくしてあげれば、みんな働くし、自分も楽ができる
どうしてそんなことをするんだろうね。
ああいう企業の経営方針はよくわからない。

―大きい会社でも、内部留保でお金を貯め込むことが問題になっています。それについてはどう感じられますか?

丹:いや、これも内部留保なんだよ。
みんなにお金をあげれば、やめずに働き続けてくれるでしょう。
従業員は資産だから。
http://news.livedoor.com/article/detail/12283459/


従業員は資産!
だから、大切にする!

なるほど・・・
従業員=資産=お金、であれば、誰だって大切にするね!

《ブラック企業》の社長は、それに気付かない。
だから、従業員を粗末に扱うのですね・・・・・


丹社長の会社の組織はシンプルそのもの

・ 社長→7名の常務→係長→店長→従業員
常務は、よそから転職で取っていない。
 従業員から叩き上げの人間だ。
・ 常務は、すべての権限を持たせている。
・ 分社制度、6店で分社して会社経営させている。


また、事務所=会社社屋にお金はかけない。
もちろん、社長室もない。

店は、立ち席ではなく椅子席、
そして、大理石の床にして、きれいな居心地のいい店にする。


丹道夫  1935年12月15日 名古屋生まれ
太陽・射手座  月・獅子座
火性・水瓶座  金星・蠍座
日干支・乙丑  戌亥天中殺



丹さんは、初動天中殺と言って、
生まれて最初と次の大運(第一旬と第二旬)が天中殺の方です。

天中殺の時期と、それが終わった後では、
本人にとって、世界が全く別になります。

夢と、現実が全く違うものであるように、

天中殺は、夢の中で生きて居る時期なので、
天中殺が終わって現実に戻ってみたら、全く違うわけです。

ですから、初動天中殺の人は、
天中殺が明けたあと、生き方が大きく変わってきます。


この天中殺の時期に体験したことを土台にして、
反面教師的に、別の生き方を探すことになります。


丹さんは、3歳から23歳になるまで、天中殺だったのですが、
このときに、辛い体験をされました・・・・


名古屋で生まれたが
生後すぐに父親が死去したため
母親の実家のある愛媛に転居。
その後は芸者をしていた母親に育てられていたが、
道夫が4歳の時に丹氏と再婚。
弟の誕生を機に義父から冷たい仕打ちを受けるようになり、
辛い雑用を押し付けられるようになった。

http://www.wadamame.com/tanmichio.html


丹さんの母は、丹さんを学校へ行かせるために再婚したのですが、
弟が生まれると、義理の父が継子いじめを始めたのですね。

この辛い体験から、
「人間は平等ではないといけない」と強く思うようになられたのでしょう。

これは丹さんの実際の経験から出た切実な思いだからこそ、
アルバイトであっても、ボーナス・退職金を出すのですね。


中学卒業後に高校に進学したが、
「通学用の自転車がボロで、前に進むのもままならない」という理由から
体力に限界を感じ、1学期で中退。
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20131214/Nicheee_1954843.html

継子いじめされているから、自転車もボロだったし、
ごはんも、しっかり食べさせてもらえていたのでしょうか・・・・

母親が、その子をかばってやればいい、と、考えますが、
そうすると、母親の見えていないところで、
もっといじめられることになるんですね。

なかなか難しいんですね・・・・

(/_<) ナケルネェ


高校中退して、八百屋や油屋(燃料店)で丁稚奉公するのですが・・・

油屋夫婦は美味しいもの食べて、従業員は安く働かせていた。
このため、従業員は不満を言い、売上を誤魔化して物を買って食べていた。
http://yuwakurugby.world.coocan.jp/2013.02.02tan.htm

この油屋の夫婦のやり方は、まさに《ブラック企業》ですね。

初動天中殺の丹さんは、これを反面教師とされたのですね。

(☆。☆) キラーン!!


さて、
17歳で憧れを抱いて上京し、頼りの就職先の面接を受けるも、
その日のうちに落選の知らせが届き、すぐに帰郷。

( ´△`)アァ-・・・
1952年ころですね、
愛媛県から東京ですよね・・・・
当時だと、丸一日で着いたのでしょうか・・・・・大変でしたね


2度目の、上京では、電車を乗り間違えて福島に着いてしまった。
しかし、そのまま福島の工事現場で働きながら
「男には学問が必要」と思い立ち、夜間高校に通った

http://www.excite.co.jp/News/column_g/20131214/Nicheee_1954843.html

∑o(*'o'*)o ウオオォォォォ!!

夜行電車だったのでしょうか?
朝、到着したら、福島だったとか・・・・?


丹さんは、太陽も月も火の星座です。

多少のことでは、めげませんし、
どうにかなるさ、と、腹をくくれる
のが、
月の獅子座ですね。

工事現場で働き、お金を貯めて・・・・


だけど、そこで終わらないのが、丹さんのすごいところですね。

学問が必要だと思って、福島で、夜間高校に通うのです。

昼に工事現場で肉体労働して、
夜は、高校に通って勉強・・・・


その費用も、日々、自分で稼いだお金です。

大社長になる人は、こういうところが凡人とは違うんですね。
感心します。

丹さんの主星は、龍高星
過去のものを学ぶ星ですね。
この龍高星を2つお持ちだった、ということもありますが、
並大抵の努力ではないですよね。


作業が終了したため再度上京し、印刷会社に就職した。
東京の高校にも転校したが、
身体を壊してしまい、愛媛に帰郷。
アルバイトをしながら地元の夜間高校を卒業を目指す事に。
(同上)


丹さんは、そこまで大きなエネルギーの星をお持ちではありません。

昼に働いて、夜間高校。
その費用も自分で働いたお金。
住居費も、生活費も、すべて自分で稼がなければならない。

体を壊すのも無理はないですね・・・・

それでも、高校の卒業をあきらめていません。

丹さんの日干支・乙丑ですが、

丑は丑土で、「牛」ではなく、湿った大地なのですが、
着実にゆっくりと人生を歩んでいくところからも、
「丑」は「牛」に通じる気がしますね。

外見は穏やかに見えるけれど、
内面は強情で、自分の思ったとおりに人生を歩む
人だそうです。

d(゚-^*) ♪ ほら、やっぱり「牛」だあ!


3度目の上京では、東京栄養食糧専門学校に入学。

(*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ おめでとう!


栄養士の免許を取得し、病院の栄養士に就職したが、
父の病気で再び帰郷。(同上)

病院の栄養士として就職したのに、
丹さんをいじめた継父であっても、愛媛に帰るのですね・・・・

親孝行を忘れないんですね。

o(T^T)oクウ・・・えらいなあ


愛媛では自宅で料理教室を開き生徒も集まっていたが、
猛る男の心の勢いを静める事は出来なかった。
そして、26歳でついに4度目の上京を果たす。
食品会社に勤めた後、知りあいとともに弁当屋を開業。
順調に売り上げを伸ばした後、友人の誘いで不動産業に転職。
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20131214/Nicheee_1954843.html


今回は、丹道夫さんの20代になったところまでですが、

やはり、並大抵の努力ではなかったんですね。

後編に続く・・・・



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