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2018年7月26日
オウム真理教の死刑確定者、残り6人の刑が執行されました。

なぜ、この時期に、という報道もありますが、

日本の法律では、
共犯者の刑が確定するまで、刑は執行されないということ、
そして、死刑の執行は、
「判決確定の日から6ヶ月以内」とのこと。

最後まで逃亡していた高橋克也が捕まって、
刑が確定したのが、2018年1月25日
なので、死刑の執行期限は2018年7月26日でした。
つまり、
今回の刑執行は、法律に則ってなされたものなのですね

それに、犯した罪の重さを考えたら、
法治国家の日本においては、当然の結末なのです・・・


オウム 幹部 

それにしても、
オウム真理教というカルト宗教にはまってしまって、
人生の最後を「刑死」という汚名で一生を終えなければならなかった彼等、

そんな彼等の多くが、
普通では手にできない医師免許を持ち、
また、優秀な頭脳の化学者や物理学者だったのです。

オウムに入信せずに、そのままの道を歩めば、
並以上の人生を送れたはずなのです・・・・

だのに、そこで道を踏み間違えてしまいました。
なぜに、という思いはぬぐいきれません。

その上、彼等は、高学歴というだけでなく、
悪の道には無縁なすごく善良な人たちでした・・・・

(*・・)(・・*)ソウソウ・・・
坂本堤弁護士一家殺害に関与した故・中川智正
高校時代は「嫌いな人間はいない」と言ってた人で、
明るく交友範囲も広く、
京都府立医科大学の大学祭では実行委員長を務め、
障害者のボランティアもしていた優しく正義感が強い青年でした。

故・広瀬健一も、
中学校時代、教師から
「級友の面倒見がよく、すばらしい生徒に出会えて幸せだった」
絶賛されたそうですし、
学費は奨学金を受けて、自分で工面し、
母親と一緒にメッキ工場でアルバイトする
親思いの青年だったそうです。

また、故・林泰男の死刑判決文には、
「麻原および教団とのかかわりを捨象して、被告人を一個の人間としてみるかぎり、
被告人の資質ないし人間性それ自体を取り立てて非難することはできない。
およそ師を誤まるほど不幸なことはなく、
この意味において、
被告人もまた、不幸かつ不運であったと言える」
とあって、林はサリンで人を殺めたけれども、
裁判官が異例中の異例の文を述べたくなるほどの人だったのです。


そして、犯してしまった罪に対しては、
たとえば、
坂本堤弁護士一家を殺害した故・岡﨑一明(宮前)は、
「教義を妄信し、過ちを犯した。
極刑で生涯を終えられたら本望」と手記に記していますし、

また、故・豊田亨は、
自分は拘置所から一歩も出てはいけない。
それが贖罪だ」と言って、
裁判所に出廷せず、拘置所での証人尋問をしていますし、

7月6日の麻原らの刑執行のあとには、身辺整理を始めて、
手元にあった現金を、今回の豪雨の被災者への義援金として全額寄付しているのです。

麻原の洗脳から解き放たれれば、
犯罪とは縁の無い人生を送ったであろう人たちばかりなのです。

そういう、みんなのお手本になるくらいの良い子が
なぜ、麻原のような詐欺師にひっかかったのでしょうか?

(*・_・)(*~^~)/??ナゼ?ナゼ?

精神病理学の高橋紳吾先生は、
高橋紳吾 

〉〉〉暴走族に入るような子はカルトに入らないんです。

とおっしゃいます。

〉〉〉それは自分が悪だとわかっていて、
こんなもんだというふうに身体性を持っていますから。

ところが、優等生は学校での勉強のものなので、
すべて頭の中で組み立てられる。

まさに「身体性」がない世界です。

(*゚.゚)ホ・(*゚。゚)ホーーッ!!

滝本弁護士サリン襲撃事件・東京都庁小包爆弾事件に関与して、
懲役15年の刑を受けた富永昌弘は、

「先が見えてしまう。死んでいくだけだ」
死を超えるにはどうしたらいいのか」
と思い悩んでいて、石川公一の勧めで、オウムに入信したそうですが、

彼は、灘高校時代には、
東大・京大などの最難関大学に挑む理系学生が読者の、
『大学への数学』での学力コンテストで三期連続一位を取り、
東大医学部にストレート合格しているのですが、

ちょっとおもしろい記事を見つけました。

〉〉〉「東大入試の、最後の科目が始まる前の休憩時間、

隣の隣の席にいた灘の同級生

『オレ、最後の科目0点でも合格やわ』と言ったら、

同級生は『スゴイなー。ま、オレもあと10点やけどな』と答えた。

オレらの間にいた他校のヤツは必死で参考書読んでたけど、

合格発表見たら、そいつはやっぱり落ちてた」


ヾ(~∇~;) コレコレ


〉〉〉ある灘高OBが朗らかに語る。

彼にとって、東大受験は

「朝起きて歯磨きをする」のと同じくらい簡単なことで、

「落ちる可能性はゼロ」だった。

ああ灘高よ、日本で一番勉強ができた子たちの『その後』
 大人になって思う、僕らは変人だろうか」2010/5/12

o(>▽<o)(o>▽<)o

オウムに入信したのは、1992年6月、医学科6年在学中。

これまで、勉強ができて、つまずくところがなく、
すべて順調に来てしまったがゆえに、
「先が見えて」しまったと感じたのかもしれません。

医学生は解剖実習がありますから、
余計に「死」が彼の中でクローズアップされたのだろうと思いますが、

その答えのない問いに悩んでいる人に
「その答えを教えてあげる」とささやいて近づいてくるのが、
カルト宗教なんですね・・・・


高橋紳吾先生はおっしゃいます、
カルト問題は先進国にしかない」と。

〉〉〉発展途上国のようなところでは生きていくのに精一杯だし、
経済的ゆとりもない、一様にものがない。
戦後のものがない時代は、
ものさえ手に入れられれば幸せになれるだろうとがんばってきた。

〉〉〉社会がシンプルな時代はカルト問題は起こらない。
だけど、現代の若者たちは身体は健康だし、ほしいものは何でも手に入る。
今は、生活苦とは無縁の時代になっている。

そして、
〉〉〉いろんなことが自由になりすぎて、
よく言えば価値観の多様化ですけども、
単なる悪しき個人主義になってしまった。

〉〉〉家族が崩れてしまっているわけです。
家族というものがだんだん崩壊していって、
核家族から単家族になった。
子供が引きこもって、パソコンやコンピューターゲームばっかりやってる。
おじいちゃん、おばあちゃんの話を聞かない。
僕たちの子供のころ、おじいちゃん、おばあちゃんに連れられてお寺に行ったもんですが、
そういうこともなくなった。

〉〉〉そうすると、命のつながりというものがなくなります。
命のつながりがなくなってくると、
自分しか目に入らない
他者が視線に入らない
ですから没体制的なんです。
これは非常に深刻な問題です。」


富永や石川公一が卒業した灘高校、
ここにはイジメがないのだそうです・・・・

なぜかと言うと、

〉〉〉基本的に他人のやることには「不干渉」を貫く
他人は他人、オレはオレ
従って、リーダーやマネジャーとしての資質に欠けている人間も多い。

だから、イジメはない・・・・

なるほど (*゚ェ゚))フムフム

だけど、真の友人はできない・・・

〉〉〉親密な仲間集団を求める欲求
すなわち親和欲求というものが満たされていない状態、
つまり孤独ですね、
孤独な若者がいて、ほんとに心を開いて語り合う場所だとかいうものがない。
そういう人にカルトは場を提供するということなんです。

人は「個」では生きられない、
弱い生き物だからこそ、助け合う・・・・

その心のよりどころとなるのが、「家族」であり、
仲間」であり、「共同体」なのだと思います。

それを壊すように、戦後の日本は歩まされてきました。

「個人主義」だけではダメなのです。

「人」は「個」では生きられないのですから。

経済優先、効率優先の社会になって、
結果、日本人みんな、自信がなくなってしまいました・・・

どのくらい優秀で、どれだけ社会に役立っているか、
という基準でしか計られないので、
なかなか、その自信は取り戻せなくなってしまった・・・

だから、歯車のひとつでしかない、と考えてしまう・・・

でも、そうではない、と、高橋さんはおっしゃいます。

お釈迦様は「天上天下唯我独尊」とおっしゃっている、と。


そのまんまで私はかけがえがないんだ」ということ。

このかけがえのなさ、何者も代わることができない私である、ということ。

それ以上に、大切なものはないのだ、とおっしゃっています。


そう思えることが「自尊心」であり、

今ある自分を肯定してあげる、ということが大事なのかもしれませんね。


そして、

〉〉〉そもそも輪廻転生ということが仏教の基本的な考えであるわけがなくて、
お釈迦様は死後の世界について無記
よく分からないと教えられています。
ですから、
現在の今を生き生きと生きる
これこそが仏教の神髄なんです。

そうお話された高橋紳吾先生は、
この講演の翌年2005年、52歳という若さでおなくなりになっておられます。

すべては、心の問題なのですね。

オウム真理教に取り込まれ、
麻原に洗脳されて犯罪を犯した彼等を調べていて、

そこには、戦後の日本が共同体を壊され、
大家族から核家族にされていくことで、
それまで人々が拠り所としたものが壊されてしまった、
そのひずみが
カルトにつけ込まれる最大要因だったのかもしれません。


今一度、立ち止まって考える問題は山積みのような気がします。



地下鉄サリン事件から23年、
坂本堤弁護士殺害事件からは、29年もの月日が流れて、
やっとカルトの詐欺師・麻原彰晃こと松本智津夫の処刑がなされました。

麻原 

それに伴い、6人の死刑確定者が処刑されましたが、

彼等が、麻原と同じ極悪非道な人間かと思いきや、
サリンの袋3袋を破き、
マスコミから「殺人マシーン」と言われた林泰男ですら、

〉〉〉オウム被害対策弁護団の滝本太郎弁護士に、
少しはずるかったり危ない人であって欲しかったのですが、
面会してみればいい青年なんです。
参ったです。」(wikipedia)
と言ってらっしゃるくらいなのです。

サリンパックは11個あって、その端数のひとつを、
〉〉〉林が犯行当時、
指示を断れない状況下にあるのを知っていた村井が
5人の中で最初に林に1つ多く持ってくれるかと頼み、
引き受けたものだった〉

今回、処刑された井上嘉浩が、林のことを、

〉〉〉「実行メンバーの中で
もっとも人間的で優しい人なのでいやがることを引き受けた」と語っている〉

とのこと・・・・

また、端本悟は、

〉〉〉オウム真理教に入信した高校時代の友人を脱会させるために
説得したり話し合ったり、友人の様子を見るためオウムのセミナーに参加したりしているうちに、
あっという間に麻原彰晃の説く四無量心・救済などの教えに感化され
同年(1988)7月にオウム真理教に入信〉

「もっとも人間的で優しい人」が
これほどの凶悪犯罪に手を染めさせてしまうオウム・麻原とは、一体・・・

脱会の説得にあたっていたのに、
あっという間に取り込む「カルト」とは、一体、どういうものなのでしょうか・・・

サリン事件のあと、テレビにも解説者として出ておられた、
精神病理学の精神科医師であられる高橋紳吾先生の講演で
詳細に語られているので、ご紹介したいと思います。

ほんとうに、
なぜ、こんなむさ苦しい詐欺師にひっかっかったのか?

それは、カルト宗教によるマインド・コントロールなのだそうです。

マインド・コントロールとは、
〉〉〉いくつかの心理的な技法を効果的に積み重ねて、
相手をこちらの都合どおりにあやつり、説得する技術です。
自分が洗脳されている意識のないままになされるということがあります。
抵抗感が少ないままにされる洗脳のテクニックということで、
受ける側はむしろ自発的に修行とか学習、訓練を受けている
というふうに錯覚するように仕組まれています

マインド・コントロールされてしまうと、

水中に長く潜っている修行も、
たった15秒で飛び出してくるくらい気が小さい麻原彰晃

京都府立医大卒の医師だった中川智正にとって、
絶対的なもの。
人間ではなく化け物のようだと思っていた。
殺されるより怖い存在だった」

ヘ(ΘΘ)ヘ
~~^m川゜Д川m~~~~エエエー

だから、
村井秀夫からサリン製造を指示されたとき、
麻原の意向だから「絶対にやらないといけないと思った」

これがマインド・コントロールなのです。

マインドコントロールのやり方は、

〉〉〉一番目がアプローチです。
新人を勧誘するのをアプローチと言います。
家族や知人などを誘う場合と、
路上で未知の人にイベントのビラとか本などを配ったり、
アンケート調査や手相、占いなどを使って接触する場合とがあります。
家族や知人の場合、いやがる人にも
「とにかく集会に出てみないか」とか、
「ビデオを見てみないか」と言って誘います。
「いいか悪いかは試してから判断すればいい」と言うんですね。
これはセールスマンが
「ともかく商品を見てください」と言うのと同じで、
話を聞いているうちに、いつの間にかその商品を買わされていたということがあります。
人間というのは、小さなOKを出すと、
大きなOKにうなずいちゃう。
小さな承諾を一度してしまうと、大きな承諾を次々してしまうという、
一貫性の原理というのを持っていますから、
一度OKしちゃうと、その次は断れないということがあります。
人はささいな承諾から大きな承諾へと向かうということですね。

〉〉〉それから知り合いの場合だったら、
その個人にまつわる情報をすでに教団が入手して、
まるで見すかされているかのように利用されたりすることがあります。

⇒この手を使われたのが、今回死刑執行された中川智正さん
オウム真理教の音楽コンサートに出かけて、
麻原に会うのは初めてだったのに、
麻原に後ろからいきなり「中川」と声をかけられて、驚いたとのこと。

「教団の教祖が自分の名前を知っていて、呼ばれた」
そう思うだけで、
中川さんを教団に惹きつけるのに、充分だったでしょうね。
なにせ、「あなたは特別な人です」と言われたわけですから。

京都府立医科大を卒業して医師になるはずの中川氏は、
接触してきた当初からオームの勧誘ターゲットだったのですね。

さて、

〉〉〉駅前や大学で声をかけられた若者たちは、
近くにあるセンターとか道場に連れてこられるわけです。
そこで多くの信者たちから非常にほめられるんですね。
持ち上げられる。
「好青年ですね」「すてきですね」とか「タレントの○○さんに似てますね」とか言われる。
また「あなたの手相は何万人に一人しかいない。エリートだ」というふうに言われる。
これを統一教会では「讃美のシャワー」と言います。
ほめたたえるということですね。
人は自分に好意を持ってくれる者に対して親近感を抱く
という条件付けをねらったものです。
ほめられると人間はついおだてに乗ることがよくあって、
ほめてくれる人のことを好きになってしまうわけです。

麻原の愛人で、教団内で女帝と言われた石井久子さんは、
小さいころから、勉強も運動もできたのですが、
女だから、という理由で大学進学させてもらえなかったとのこと。

自分の能力を正しく認めてもらえてないという鬱積を抱えていた石井さんにとって、
あなたは有能だ、あなたは美人だ、という褒め言葉は、
ここは、自分を正当に評価してくれる場所だ、
ここにいれば幸せでいられる、と、思い込んでしまったのではないかと思います。

だから、自分の良さを発揮して、
オウムの宣伝ポスターのモデルになりたがるなど、
積極的だったのではないかな、と、思います。

その石井さん、
若いときの麻原を、「中性的な人だった」と言ったそうですが、

麻原 1990年 

なるほど、やさしい感じですね・・・

麻原は、魚座生まれなので、
人との当たりはとてもやわらかですね。

それに、生まれた時間が山羊座なので、
軽く動くことがなく、落ち着いた感じに見えたでしょう。

ですが、月が双子座なので、
話をすると、言葉が巧みで、
相手を引き込むことができたのでしょう・・・・

こうやって、褒めて、幸福感にひたらせておいて、
次には、恐怖感の植え付けをしていきます・・・・


〉〉〉ほめられるという讃美のシャワーと、
恐怖感の植え付けが対照となって、
新しく入った人はびっくりするわけです。
しかも、
「これは偶然じゃなくて神の摂理だ」みたいなことや、
「こういうチャンスはめったにないから、
今すぐ決断して、我々の仲間になりませんか」ということを強調する。
これを希少性の論理といいまして、
少ないチャンスだから、今こそ大事にしなければいけないと教え
無理矢理引き込んでしまうわけです。

(゚▽゚)(。_。)ナルホド・・・コワイ・・・

〉〉〉それから二番目として、
動機付け(モチベーション)と記憶です。

〉〉〉統一教会の場合はビデオを見せます。
それから擬似的な至上体験をさせます。
オウム真理教の場合だと、
ヨーガによく似た呼吸法をするとか、瞑想をするとかさせます。

〉〉〉記憶というのは、
ただただ教義の埋め込みが行われ、記憶させます。
この段階では参加者のほとんどは理解できません。
教義は無茶苦茶で難解ですから。
だけど、断片的な知識だけが次々頭の中に埋められてくるわけです。
「疑問は勉強していくうちにわかってくる」とかですね、
「理解できないうちは親にも誰にも言っちゃダメだよ」と言ったりします。
秘密保持を約束されるわけです。
こうして自分が獲得しつつある信念を吟味する機会を奪われます

〉〉〉そういうことによって、
次の第三ステップの合宿へと向かわせるわけです。
そのために動機付けとか記憶の埋め込みということを行うんですね。
こうしてより本格的な合宿へと誘い込んでいくわけです。
これを解体と凍結と言います。
ここからは洗脳と同じことが起こってきます。


〉〉〉マインド・コントロールによって
アプローチから動機付けと記憶までが行われ、
動機付けを高めて、三番目の合宿、
つまり離れたところに連れ込んでいって、教え込みが始まることになります。

〉〉〉基本的には宿泊施設に数日間連れて行かれて集中講義を受けるとか、
瞑想や集団的に祈祷することなどによって、
狭い意味での洗脳状態へと導くわけです。

〉〉〉修行のため断食するとか、睡眠を短くすとかいうことが勧められて、
飢餓状態に陥ってしまうんですね。
生理的剥奪状況と言いますけれども、
そうなると暗示性が非常に高まります
食べないとか眠らないとかいうことを何日も続けていくと、
精神的におかしくなっちゃうことがあるわけです。
これが修行の基本です。

〉〉〉マインド・コントロールの場合は
自分で選んで修行してるから、
平気で眠らない、食事もとらない
それによって暗示性が高まるわけです。

〉〉〉オウム真理教では五体投地といって、
地べたに伏せって起きあがってという礼拝の方法を、
一日三回、一回八時間、
つまり二十四時間ずっと行って、それを一週間続けさせます。

えええー!

〉〉〉それでどうなるかというと、
離人感、自分が自分でないという感覚や、
自分が誰かに操られている感覚が出てくる。
あるいは、まるで法悦体験のような、
麻原がすぐそばに来て話しているような感覚がしたり、
光り輝くものが見えたりする。
こういうのを神秘体験といいます。

〉〉〉人間の脳は飢餓状態に陥ると、
しばしばそういう幻覚とか錯覚を見るもんですから、
それを利用しているんですね。
そういう神秘体験を得てしまうと、
これこそが我々の求めていたものだと思い込んで、
若者たちは簡単にはまってしまう

〉〉〉しかも、今まで教えられて記憶していた、
世界は破滅に向かっているとか、
日本の政治は間違っているんだとか、世界は汚れている、
ところが自分の教団だけは正しいんだという教え込みが、ここでさらに強烈になされます。
断片的な記憶だったものが、
教祖の言ってることだけが正しくて、
他が自分たちに対して弾圧を加えているんだというふうに思い込むようになる。

〉〉〉こうしてかちっとしたカルト人格ができあがってしまうんです。
ここまで来ちゃうと完璧に洗脳されたということです。

〉〉〉ところが、こういう脳内の不思議な出来事というのは、
その場から離れると、次第に夢から覚めていくように、
だんだん軽くなっていくということがあります。
そこで、第四段階として、維持、強化ということをします。
数日間の合宿から帰ったあと、何か行動を起こさせるんです。

〉〉〉たとえば霊感商法をやらせる。
本当は数千円の価値しかない壺を、これは何十万円もの値打ちがあるんですよと売り込む。
メンバーは何千円の価値しかないものだとは知りませんけども、
そういうものを売り込むことによって、
実は統一教会というのは素晴らしいんだという思いを新たにする。
人間というのは行動することによって、
信念が強固になるということがあって、
そういう活動をさせるわけです。

〉〉〉さらには多額のお布施をさせる。
たとえばビニールのバッグを例にすると、
三千円で買ったバッグと、三十万円で買ったバッグ、どっちを大事にするかというと、
三十万円で買ったバッグのほうを大事にしますよね。
素材は大して変わんないんですよ。ブランドものといいながら。
同じように、お布施をたくさんするほど値打ちがあるように思ってしまう。
そして、多額の献金をするために家を売ったりするもんだから、帰るところがなくなる。
多額の経済活動をすることによって、戻るところをなくしてしまうわけです。

〉〉〉さらには、新しい人を誘うという新規勧誘の義務があります。
自分の信念が不確かであっても、人を勧誘することで、
ますますその信念を強めていってしまうわけです。
そういう活動をすることによって、
無限連鎖講(ネズミ講)的に信者がどうしても増えてくるという形になってきます。

〉〉〉こういうことを知っていれば、
アプローチの段階で断れるんですよ。
路上で「手相を見てあげましょう」とか、
「こういうアンケート調査をしているんですが」ということに答えなければ追ってきません。
けれども、真面目な人はそういうのを断れなくて、
ついはまってしまい、後々まで追いかけられるわけです。

「なぜ生きているのか?若者がカルトに入信する理由」
(2004年4月8日に広島市東区民文化センターで行われました安芸南組同朋大会でのお話をまとめたものです) 

今回処刑された土谷正実さんは、
〉〉〉関係者が土谷のアパートを訪れると、
冷蔵庫には米と味噌だけ。
室内はオウムグッズで溢れ、布施のために購入した宝くじが数十枚、
預金通帳の残高は僅か10円だった

〉〉〉「借金に追い回されている。オウムに借りている。
色々な人を騙して借金しまくっている。
自分を偽装し自分を信頼させて入信させる。
上から何人入信させろと命令され、
棒で叩いて脅される
無免許運転、交通事故→睡眠時間が少ない

カルトの維持・強化ですね。

オウムにも借金があって、アルバイトに追われて、
睡眠時間も削るしかない、
そうすると、ますます神秘体験が増えていく、
という悪循環・・・・

土谷さんを、脱会させるために親御さんが、
茨城県の厚生施設「仏祥院」に閉じ込めて、
教団の教義の矛盾を説きますが、

この場所をかぎつけたオウムが、
中傷ビラを撒いたり、
街宣車5台で拡声器を使って騒ぎ立てたりして、
土谷さんを取り戻しにきます。

そして、
結局、土谷本人が隙を突いて、オウムに逃げ帰ってしまったのです。

(-_\) (/_-)ドウシヨウモナイネ・・・・

カルト宗教の怖いのは、
詐欺だと思わずに、自分からその集団に入ってしまい、
その信じ込みから抜けられなくなってしまうことなのですね・・・・

井上嘉浩さんも、

〉〉〉19歳のとき教団で禁じられている恋愛を行ってしまい、
8月の炎天下にコンテナ内で
4日間の断水断食を命じられ、死にかけていますし、

〉〉〉20歳のときには瞑想修行中に「眠っている」としつこく注意され、
「私は起きている」と反論すると、麻原から
「どこまで歪んだ根性をしてやがるんだ。このバカたれが!」と言われ
カーボン製の竹刀で50回ほど打擲され、
2週間ほど記憶が無くなっています

が、脱会していません。

そして、麻原の悪事に荷担して、
殺人に手を貸して、逮捕され、死刑判決を受けて、
今回処刑されてしまいました・・・・

本当に悩ましいことですね・・・
なんとかならないものなのでしょうかね・・・
また、考えてみたいと思います・・・

2018年7月6日、死刑判決が確定していたテロリスト
オウム真理教の教祖・麻原彰晃(松本智津夫)
以下7名の刑執行が行われました。

麻原 オウム 処刑 

麻原たちに殺された方の思いも、遺族の方の思いも、
そして、サリンの後遺症で、ずっと患っておられる方にとっても、
終わりはないのだと思いますが・・・・

m(__ __)m

《オウム真理教事件》

オウム真理教の教祖である麻原彰晃が
「救済」の名の下に
日本を支配して、自らその王になることを空想し、
それを現実化する過程で、
世界各国での軍事訓練や軍事ヘリの調達、
自動小銃の密造や化学兵器の生産を行い、武装化し、
教団と敵対する人物の殺害無差別テロを実行した事件。
(wikipedia)

自動小銃は、なんと、1000丁
それに、100万発の銃弾を製造していたとのこと。

スゴイ!!∑( ̄[] ̄;)!ホエー!!


オウム真理教事件の三大事件と言われるものは、

①教団と対立する弁護士とその家族を殺害した
 1989年11月の坂本堤弁護士一家殺害事件
②教団松本支部立ち退きを求める訴訟を担当する判事の殺害を目的として
 サリンを散布し計7人の死者と数百人の負傷者を出した
  1994年6月27日の松本サリン事件
③教団への捜査の攪乱と首都圏の混乱を目的に
 5両の地下鉄車両にサリンを散布して計12人の死者と数千人の負傷者を出した
 1995年3月20日の地下鉄サリン事件ですね。

まさに国家転覆を目論んだテロ事件でした。


1989年4月と9月の説法で麻原は言ったそうです・・・

〉〉〉「悪業を積むであろう人の命を絶ち、
高い世界に生まれ変わらせることは、
凡夫が見れば殺人だが
ヴァジラヤーナの考え方が背景にあるならば、立派なポアだ

彼は、仏教の高い教義を曲解
すでに犯したものも含め、殺人を正当化していったのですね。

(# ゚Д゚) ナンテコトヲ!

ジャーナリストだった山村明義氏は
地下鉄サリン事件のあと、
家族の中にひとり食い込んで、
なんと、一年近くにわたり取材されたとのこと、

〉〉〉とりわけ家族内で、
「松本智津夫に酷似し、最も強い影響を与えた」とされる長男は、
 話を聞いているうちによく突如として怒りだし、
「自民党政権が悪い」「大企業が悪い」などと、
 日本の政治や社会批判をぶちまけた
 
〉〉〉松本家の教育方針は、基本的には「男尊女卑」や「長幼の序」
 などという当時の九州に残っていた儒教的なもので、
 家族で末っ子だった智津夫は
「家庭内で厳しかったその教育方針に
 激しい憎悪とコンプレックスを併せ持っていた」と家族は口を揃えた。

〉〉〉「智津夫を何度も殴って教育した」という教育係の長男は、
「日本は朝鮮に悪いことをした。
 日本人全員が土下座して謝罪すべきだ」
山村氏が「これを智津夫にも教えたのか」と聞くと、
「そうだ。日本という国家は今も昔も完全に悪い。
日本が悪かったことを、この俺が智津夫に何度も教えた

ありゃりゃ(o_o ;)


2012年7月15日号の『週刊朝日』 
緊急臨時増刊「オウム全記録」からの記事ですが、

〉〉〉日本の三大急流のひとつ、
球磨(くま)川が八代海に注ぐ熊本県八代市高植本町(たかうえほんまち)。
オウム真理教の教祖、麻原彰晃(あさはらしょうこう)こと松本智津夫死刑囚(以下、麻原)の実家は、
藺草(いぐさ)畑の緑が広がるこの町にあった。
地下鉄サリン事件の翌年に母が76歳で亡くなり、
97年にはここで鍼灸院を営んでいた長兄が53歳で死去。
畳職人だった父は「もうここにはおられん」と、間もなく町を去った。
その父も08年、92歳で逝った。
長兄が建て直した実家は解体され、いまは更地になっている。」

〉〉〉1955年3月2日、麻原は生まれた。
一家は両親と男5人、女2人の7人きょうだい。
下から2番目にあたる四男として育った。
ほかに姉と弟が1人ずついたが、ともに1歳でこの世を去っている。」

〉〉〉11歳年上の長兄は全盲で、熊本市内にある県立盲学校で寄宿舎生活をしていた。
麻原も先天性緑内障で左目は見えなかったが、
右目は弱視ながらも見えたため、自宅近くの小学校へ進んだ。

〉〉〉おとなしくて、女の子とままごとばかりしている子どもだった

★太陽や月・生まれた時間に、魚座・蟹座の水星座をもつ男性は、
 女性のような柔らかさを持っていることが多く、
 麻原の「女の子とままごと遊び」というのは、頷けますね。

〉〉〉小学校に入学した年の秋、麻原の人生に最初の転機が訪れた。
家から40キロ離れた、長兄と同じ盲学校へ行くことになったのだ。
子だくさんで貧しい家庭の先行きを案じた両親が、
就学奨励費の受給を目当てに、転校を決めた。
それが、後に世界を震撼させる「狂気」の下地を作ることになると、誰が思っただろうか。
「親に捨てられた」との思いを強くした麻原は毎日泣き、転校を嫌がったが、
「傾きかかった小屋のような家で、
土間にむしろを敷いて生活していた。
長い教師生活の中でも、
あれほど貧しい家は、見たことがなかった」(盲学校小学部時代の教諭)
という状況では、いたしかたなかった。」

・父親は地場産業の畳職人であったが、畳の需要が減って収入が減り、
7人の子供を抱えて生活は逼迫していた。
両親は働きづくめで、智津夫は兄・姉に育てられたそうです(wikipedia)

智津夫の姉と、彼の後に生まれた弟が1歳くらいで死んでいますが、
相当に生活が大変になっていたのでしょうね。

 (゜ーÅ) 悲シイネ

〉〉〉全盲の生徒も多いなか、
右目が見えた麻原は、勉強でも運動でも目立った。
体格もよかった
中学部から柔道を始め、高等部で二段を取得。」
こうして小、中、高、そして鍼灸師の資格を取った専攻科と、
14年間の寄宿舎生活の間ずっと、
麻原は同級生や下級生に君臨した
一方で、
決して上級生には刃向かわなかった。」

★麻原の火星は障害の座である牡牛座にあります。
 男性としての勇気や決断力、行動力において強くは出られない、
 ので、自分より弱いものには君臨するけれど、
 上のものには、刃向かわなかったというのも、わかりますね。

〉〉〉中学部時代は寄宿舎の部屋で「プロレスごっこ」の毎日だった。
同室の仲間同士を無理やり戦わせたが、麻原以外の5人は仲がいい。
当然、遠慮し合う。
すると麻原は「こうやれ」と言って、自分で仲間を殴った
殴っては笑っていた。」

★麻原は長兄からよく「殴られて」教育されていたので、
「殴る」ということに抵抗がまったくなかったのかもしれません・・・・

wikipediaでは、
〉〉〉盲学校では、強い権力欲を見せ、
目が見えるために他の子供たちを子分扱いにし、暴力で支配
全盲の子供を外へ連れ出すと食事をおごらせたり
窃盗を命じたり
全盲の生徒相手に落とし穴を仕掛けたり、
自分の欲しいものを買わせたりし、
「外へ連れて行ってやったのだから日当をよこせ
などと言ってお金を巻き上げていたという。

 o(*≧□≦)o ヒドイ!!!

〉〉〉お気に入りの取り巻きには優しかった。
いつも子分のように振る舞う全盲の生徒がいた。
麻原はその生徒に読ませたい本を手に入れてきては、同室の目の見える生徒に命令した。
「徹夜してでも、朝までに点訳しろ」
翌朝、出来上がった点訳を、得意げに渡した。

〉〉〉カネへの執着もすでに見てとれる。
小学部高学年のころ教諭に、
「先生、僕は大きくなったらカネもうけするから、億の単位で貸してあげる」
と言って驚かせた。
「金持ちにならなきゃ」が口癖だった。

★午前3時34分生まれの麻原の太陽は、
第二室=現世での利益・お金の室にありますが、
彼の人生の目的は、まさに金儲けだったようで、

「金への執着が強く、同級生への恐喝によって
盲学校を20歳で卒業するまでに300万円を貯金していた」(wiki)

w( ̄▽ ̄;)wワオッ!!

〉〉〉小学部5年のとき、麻原は児童会選挙で会長に立候補した。
落選すると、職員室に行って親しい教諭を教室に呼び出し、その面前で声を上げて泣いた。
「先生が落としたんだ。
みんなに『票を入れるな』って言ったんだろう」
驚いて、教諭は尋ねた。
「どうして、そんなごまかしをすると思うの? 
智津夫君は、みんなに好かれていると思う?」
「うん」
「どうして?」
「僕は3カ月前も前から、『よろしく』って、みんなにお菓子を配ったから。
寄宿舎で出るおやつをためて」
教諭は「この子はとんでもない勘違いをしている」と感じた。
しばらくたってから、配ったお菓子は、
ほかの児童から奪ったものだったことがわかった。

ヽ(  ̄д ̄;)ノハラヒレホロヒレハレー

もし、この段階で、
麻原がやっていることは犯罪であり、
やってはならないことだ、と、厳罰に処していたなら、
ここまでの悪魔ができあがることはなかったのかもしれません・・・・

〉〉〉中学部、高等部でも生徒会長に立候補したが、落選。
寮長の選挙にも落ちた。
将来の自活のため、地道な努力を重ねるしか無い全盲の仲間たちの中で、
いくらかでも外の世界を見ることができて、
力にモノをいわせられた少年は、「王様」であり続けた。
ところが、選挙には落ち続け、自己顕示欲を満たしきれなかった。
そうした複雑な欲求不満を抱えたまま、
麻原は75年3月に盲学校を卒業した。

〉〉〉「代々木ゼミナール」に通い始めてまもなく、
通学電車の中で同じ代ゼミに通う女性と知り合った。
彼女との間に子どもができると、
東大受験を諦めて、78年1月に結婚した。
新婚の二人は千葉県船橋市に「松本鍼灸院」を開いた。
同年7月には長女が誕生。
9月には鍼灸院を閉じ、市内の別の場所に診療室兼漢方薬局の「亜細亜堂」を開いた。

〉〉〉亜細亜堂は繁盛したが、80年7月、
健康保険薬剤不正請求で670万円を追徴され、閉店した。
近所の医者から白紙の処方箋を入手し、適当な金額を記入しては、
健康保険組合などに調剤報酬などを不正に請求していたのだ。

〉〉〉閉店の1カ月後、麻原は阿含宗に入信。
さらにヨガや「肉体修行を通じて個人的な解脱を目指す」小乗仏教的世界にのめり込んだ。

〉〉〉81年2月には「BMA薬局」を開業したが、
翌82年7月にニセ薬を売った薬事法違反容疑で逮捕された。
煎じたミカンの皮などから取り出したエキスを「万能薬」と称し、
「リューマチ、神経痛、腰痛が30分で消える」などという謳い文句で
都内の高級ホテルの一室に人を集めて10万円近く販売。
売上は1千万円以上に膨らんだ。
麻原は略式起訴されて罰金20万円を支払い、再び店を閉じた。

〉〉〉この二つの事件を振り返ると、
盲学校時代に垣間見えた麻原の危うさが肥大し、はっきりと形になってきているのがよく分かる。
麻原は、カネへの執着の強さから、
27歳で詐欺師になり果てていた。
https://dot.asahi.com/wa/2018070600030.html?page=1

〉〉〉83年になって麻原彰晃と名乗り始めると、
翌84年2月、教団の前身となるヨガサークル
「オウム神仙の会」の主宰として、再び世に出てきた。
85年には、座禅を組んだまま浮き上がる
「空中浮揚」に成功したとオカルト誌に売り込み、写真を掲載させた。
矢継ぎ早にトップの著作を出版し、組織を大きく見せる戦略は、
先行する新興宗教と同じ手法だった。
教団の資料によると、
麻原は86年1月に修行の本場であるインドを訪問し、
同年夏にヒマラヤで「最終解脱」を果たした、とされる。

〉〉〉わずか15人で発足した「オウム神仙の会」は、
86年には東京世田谷区に東京本部、
87年には大阪市淀川区に大阪本部をつくり、
設立から3年半で信徒を1300人にまで増やした。
そして87年7月、「オウム真理教」に改称。
全国各地に支部や道場を建設し、教団の拡大を図った。

〉〉〉信徒の増加にともなって、営利追求の姿勢も露骨になっていった。
解脱特別修法10万円、
グルヨーガイニシエーション30万円、
血のイニシエーション100万円……>
修行マニュアルが体系化されて法外な料金を取るようになり、
布施も制度化されていった。
麻原は、チベット仏教のダライ・ラマ14世から秘儀を伝授され、
92年には「タントラ・ヴァジラヤーナ」を国教とするブータン政府から招待を受け、
「最聖」の称号を贈られたと称した。
しかも、タントラ・ヴァジラヤーナとは、
殺人を含めた犯罪も救済のためにはやむを得ない、とする
仏教の最上級の教義ステージだと説いた。
https://dot.asahi.com/wa/2018070600031.html


麻原彰晃(松本智津夫)1955年3月2日 am3:34生まれ
  
     ⇒ 土←木→土
    調舒星 天印星     
車騎星 鳳閣星 牽牛星 ⇒ 金←火→金 
天南星 車騎星 天胡星     ↓    
                 
麻原の命式の「」は、彼にとっての「忌神」になります。
その「乙」に対して、月支の「」は天将星になり、
習金平が持っていたのと同じ「忌神帝王」となります。
つまり、
悪の世界では、努力しなくてても運勢が伸びていきます。

1984年2月に、たった15人で発足した「オウム神仙の会」が、
86年には1300人、
87年7月には、全国各地に支部・道場建設となり、
89年には、宗教法人となります。

が、麻原の場合、
月干の「」が彼の第一守護神で、
それも、第一番目の場所にあります。

イチロー選手やテニスのフェデラー選手がそうだったように、
第一守護神が第一番目の場所にあるのは、
真っ当な世界で生きる人にとっては、
この上なくありがたい命式で、上格の部類にはいるのですが、
こちらを生かさず、
彼は「親に捨てられた」と恨み、悪の道にはいっていきました。

極貧だったせいもあるのだと思います、
〉〉〉(智津夫が)20歳で卒業するまでの13年間、
両親が訪ねてくることはなく、衣服や食料を送ってくることもなかった。
(wikipedia)

「捨てられた」という思いは、より強まったでしょう・・・

太陽が、感覚的・情緒的にものごとを捉える魚座で、
内面の月が、一番不安定な双子座にあって、
男としての火星障害の座牡牛座にある麻原は、
分が傷つかないよう、自分を守るために、
自分を捨てた親が悪い自分は正しいのに周りが悪い、と、
すべて責任転嫁して「忌神帝王」で生きてきたのですね。

人生の最初に、
長兄から殴られながら教えられたのは、
「日本が悪い、この社会が悪い」のであって、
「自分たちは悪くない」でしたから、

暴力は悪いことだ、という意識もなければ、
同級生のお金を巻き上げることも、
また、偽薬を売って金を儲けることも、
詐欺師になることも、
なんらの良心の呵責もなく、行なえたのだと思います。

しかし、
純粋な「忌神帝王」であるなら、捕まらないのですが、
麻原は、その時々で、捕まっています。

守護神は、悪の道に踏み込んでいる人を、
真っ当な道に引き戻す働きをしてくれるのです。

麻原が捕まった1995年
年運は、大運がでした。

実は、専門的になりますが、
忌神である木性は、
土性が多過ぎる麻原の命式にとっては守護神になるのです。
支合して、亥も木性に変化しますし、
の本元は、麻原の第一守護神の「です。
         
もっと早く、この守護神が働いてくれていたら、と、思いますが、

麻原のオウム真理教が、宗教法人になったのは、1989年8月末

この年の3月に申請が出されたのですが、
東京都には元信者や信徒の親から、
「入信した子どもと会わせてくれない」など、
約20件の批判が寄せられていたし、
警察からの報告もあったので、
東京都は、認可を留保していたのですが、
4月末には「陳情」と称して信徒約220人が突然都庁を訪れ、
廊下を練り歩き、
5月には1週間にわたって、
担当の課長や副知事などの職場と自宅に電話攻勢をかけた。
6月に入ると教団は
<法に定められた期限(3カ月)通りに認証しないのは違法>として、
都知事を相手取って行政訴訟を起こした。
そして8月末、念願の宗教法人の認証を受け、その後、訴訟は取り下げた。
麻原は説法でこう言った。
「認証が下りました。
オウム真理教は、宗教法人オウム真理教です」

教団は田口さんを殺害した翌月に宗教法人の申請をし、
認証された3カ月後に坂本さん一家を殺害したのです。

(´Д`) =3 ハゥー

本当に、ため息ですね・・・・

なぜ、こんな胡散臭いカルト宗教に取り込まれたのでしょうか・・・
どこに魅力が?
まだまだ、疑問は残ります・・・・

 

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