美智子皇后陛下は平民から貴族におなりになる宿命の命式をお持ちの方でした・・・

 09, 2017 16:55
今上陛下と、そして陛下を支えてこられた皇后陛下
お二人の仲むつまじいお姿は、まさに日本人の夫婦像の模範でしょう。

天皇 皇后1 

天皇 皇后 


美智子皇后陛下

1934年10月20日 am7:40ご生誕


         貫索星 天印星  

     玉堂星 調舒星 調舒星

        天恍星 貫索星 天印星


太陽・天秤座  月・魚座

金星・天秤座  火星・乙女座



  

   というように、

甲戌が三つ並ぶと、一気成生格となります。

この甲戌が3つの、一気成生格の意味とは、

平民から貴族になる宿命をもつ命式で、

「凡夫入城」と言うそうです。


皇后陛下は、日支の「戌」が「子」になっているだけですので、

これに準じます。



皇后陛下が嫁がれた1958年(昭和33年)は、


〉〉〉皇太子妃は貴族か五摂家 (伯爵以上)といった

特定の華族から選ばれるのが習わしとされており、

平民から妃を迎える、ということが考えられなかった時代であり、

香淳皇后、常磐会会長の松平信子、秩父宮妃勢津子、高松美也妃喜久子、柳原白蓮ら、

旧皇族・旧華族らに強く反対された。

特に、秩父宮妃勢津子の実母である松平信子は

当時、宮内庁内で絶大な発言権と政治力を有しており、

その権勢は時の皇后をも凌ぐといわれ、

「影の昭和の女帝」または「昭和の妖怪」と恐れられていた。

『入江相政日記』によると、

「松平信子が中心となって御婚儀反対を叫び、愛国団体をも動かした」とあり、

美智子の正家である正田家自体に圧力をかけていた。

更には、美智子が2人目の子を流産してしまった際には、

「畏れ多くも皇太子殿下の御子を流すとはけしからぬ」などと自身から罵詈雑言を浴びせていた。

皇族久慈宮家出身の皇后良子(当時)は、夏御殿場に高松宮妃、秩父宮妃、松平信子らを招き、

東宮様の御縁談について平民からとは怪しからん。」

と当時の侍従と数時間懇談し、妃の変更を訴えた。(wikipedia)


(≧ω≦)ウワァー、タイヘン!!


ですけど、

2600年以上も営々と続く、日本の天皇家

世界で「天皇」を名乗れるのは、日本の天皇陛下だけ、という

非常に希有な日本の皇室です。


日本国と国民を守るために行われる神聖かつ厳粛な神事を受け継ぐのが、

皇太子であり、

その妻である皇太子妃は、次の世代の天皇を生むお方です。


そうであれば、なおさら、血統を重んじるのは道理でしょう


ですが、


〉〉〉翌月の皇室会議では、

猛反対をしていた秩父宮妃勢津子も賛成し、全員一致で可決した。(wiki)


それは、やはり、

美智子皇后陛下が、平民から貴族になる命式(一気成生格)に準じる

宿命をお持ちの方だったからなのだと思います。


そして、


お二人が結ばれる縁は、

前回の今上陛下のご命式のところでも見ましたが、

http://uranaiwanko.jp/blog-entry-338.html


ホロスコープでみてみますと、


今上陛下がお生まれになった時間(アセンダント)が射手座で、

配偶者として選びたいのが、

180度反対(ディセンダント)の双子座です。


双子座は「風星座」と言い、

同じ質の星座は、天秤座水瓶座です。


皇后陛下は、太陽・天秤座でした・・・・


そして、皇后陛下の生まれた時間は蠍座で、

配偶者として好きになるのが、牡牛座

牡牛座は、「地の星座」で、

同じ質の星座は、乙女座山羊座


陛下は、太陽・山羊座でいらっしゃいます・・・・


(゚∇^d) オオー! ピッタリ!


それに、


今上陛下の日干支の「癸亥」の次にくる干支が、

皇后陛下の「甲子」です。


宇宙盤において、隣合わせの干支になりますので、

非常に縁のあるお二人だった、と言えます。


二人の赤い糸は、

お二人がお生まれになったときから結びついていたのかもしれませんね。


そして、

お二人の「癸亥」と「甲子」は、「準律音」になります。


律音(リッチン)とは、新しい生き方を定めなさい、ということです。


宇宙盤で最後の60番目の干支の「癸亥」の陛下が、

一番最初の干支「甲子」の美智子さまを皇后にお迎えなさった、ということは、


歴史ある日本の皇室に新しい風を吹かせなさい

という思し召しがあったのかもしれませんね。


陛下と皇后陛下は、国民とともにある皇室、開かれた皇室として、

前例になくとも、良いと思われることは、新しくお始めになられましたね。


国民の祝福を受けての盛大な、成婚パレードや、


陛下 成婚パレード 


皇居御殿内の産殿での出産ではなく、宮内庁病院で出産されたり、

「親子3人が川の字になって寝るような家庭をつくりたい」という陛下のご意向で、

皇室の慣例になかった親子同居を決意され、

さらに、これまでの慣習であった専任の養育係を置かなくなったり、


また、長崎県の雲仙普賢岳噴火の際には、

なんと、床に膝をついて、避難民をお見舞いなさいました。


陛下 皇后4 


膝をついて被災者と直に話をするスタイルは

今上天皇が皇太子時代にはじめたことであり、

それまでは天皇が国民の前で膝を曲げることはありえなかったそうですね。

https://virates.com/society/3318826

「あなたの中の天皇陛下のイメージが変わる、33の厳選エピソード」


そして、


陛下は80歳の誕生日に、美智子さまへの深い愛情と感謝を語られました。


「天皇という立場にあることは、孤独とも思えるものですが、

私は結婚により、

私が大切にしたいと思うものを共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。

皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに安らぎを覚え

これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを

幸せだったと思っています」


陛下 皇后3 


陛下、そして皇后陛下、

いつまでも、仲むつまじく、

そして、ご健康であらせられてください。


続く・・・・

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