清原和博、薬物所持で逮捕 獅子座

 04, 2016 15:58
昨日は、朝から速報が飛び込んできました。

「清原元野球選手、薬物所持で逮捕!」と。

一時は、年収5億というプロ野球選手が、どうして、こういう転落をしてしまったのでしょう。

清原和博さん 1967年8月18日 太陽獅子座、月は山羊座か水瓶座。
日干支が甲寅で、子丑天中殺。

清原3

清原さんは、4歳運で、
初旬(4歳~13歳)に第一守護神が回ってきていました


小学校1年(7歳)からリトルリーグの入団テストを受けて、野球を始めたのですが、
4年生(10歳)で唯だひとりレギュラーになってしまいました。

第二旬(14歳~23歳)は、準第一守護神で、
中学校ではシニアリーグで、2年次(15歳)には、キャプテンとしてシニアリーグ優勝、
3年次(16歳)には、日生球場のネットを揺らす本塁打、だそうです。
スゴイー(^-^)//""ぱちぱち

高校に入ってからは、
「当時はバッティング練習の際には飛距離の出ない竹バットを使用していたが、
それでもネットを軽々越えて場外に飛ばしていたために、
清原用の金網が継ぎ足されたという逸話が残っている。
このネットは清原ネットと呼ばれていた。」(wikipedia)
という凄さ w(゚o゚)w オオー


PL学園で、投手の桑田真澄さんと一緒になり、KKコンビと呼ばれ、
このあと、桑田清原時代を作り上げたのですね。


ですが、清原さんにとって、悲劇だったのが、
ドラフトの年、1985年は、乙丑年でした。

巨人は、桑田真澄投手をドラフト一位で強行し、読売ジャイアンツ入りを望んだ清原ははずれ、
巨人でなければ阪神で、桑田投手とやり合う、と思っていたのが、抽選で、阪神もはずれ・・・

まさに、思い通りにはならない「天中殺」だったのですね。

清原のおかあさんが、泣き崩れている清原に言った言葉がまた、凄い!
「あんたが勝手に惚れて、勝手に振られたんやないの。男らしく諦めなさい。男なら見返してやりなさい。泣いてる暇なんてないはずやで!」(wikipedia)


西武に入団して、背番号も「3」! 
「ルーキーイヤーの1986年、開幕2戦目の南海ホークス戦の6回表の守備から途中出場すると、
第1打席では四球、
第2打席には藤本修二からプロ初安打かつ、初本塁打を打つ」(wikipedeia)

ここからの活躍ぶりがものすごいですね。
1989年6月4日には史上最年少となる21歳9ヶ月での100号本塁打を達成。」

しかし、暴れもしました。
「優勝争いの真っ只中の9月23日、対ロッテ戦で、4回に平沼定晴から受けた死球に怒り、バットを放り投げ乱闘を起こしたとして初の退場処分を受け、パリーグから即日「厳重戒告・制裁金30万円・2日間出場停止」の処分が下された。このため、前日まで続いていた清原の連続試合出場は490でストップした」
「最終成績は35本塁打を放ち、打率.283を残した。三振数は60で、これは規定打席に到達した年では自己最少の数字だった」

そして、「史上最年少となる23歳で1億円プレイヤー」となり、
『25歳までに一億円プレイヤーになる」という願望を成し遂げた』


清原さんは、第一守護神で、野球人生をスタートさせた方です。

が、24歳からは、守護神は去り、自分の力で、自分を作り上げていく20年となりました。


1997年、30歳で、念願の巨人にFAで入団。

清原 ジャイアンツ

しかし、この年、また、丁丑年で、天中殺・・・・
活躍はするものの、巨人の優勝に結びつく時に成果を出せず、応援ボイコットを受けたりしました。
辛いねえ( ´△`)アァ-


1998年は、「前年の反省から、長年の神主打法からの大幅な打撃フォーム改造を敢行」し、プライドを捨てて再起したのですが、
この年から下半身の不調に悩まされることになり・・・

1999年は、開幕から怪我に悩まされ、
阪神タイガースの藪恵壹からの死球で左手を亀裂骨折
更に6月には広島戦でクロスプレーの際に右足靭帯を負傷。
出場試合数は86試合、成績は.236、13本塁打、46打点とプロ入り後最低の数字にとどまり、
前年までの「連続20本塁打記録」は13年で途切れてしまった
(ただし、右足の負傷は膝側副靭帯断裂という重症であり、手首亀裂骨折とあわせ強行出場を続けさせた球団の姿勢にも疑問が上がった)。

巨人軍に対して、清原さんは、
巨人は富士山と一緒で、遠くから見れば綺麗だが登ってみるとゴミだらけ
なんか、納得(・0・)ゞ アイアイサァー


「視聴率が取れなくなったからという理由で辞めさせられるのは悔しい」
巨人在籍中にはマスメディアや世論やファンからの様々なバッシングに晒され続けたものの「巨人に入団して後悔しているか」との質問に対しては「NO」と即答しており、
「巨人時代の苦労が自分自身を成長させてくれた」と語っている

いよいよ土俵際となった清原はオフに鹿児島・最福寺にて護摩行を行った後、アメリカに飛び筋力トレーニング(「肉体改造」)に励む


そして、引退が2008年41歳 戊子年。天中殺年ですね。


獅子座は、王者なので、なんでもはっきり言ってしまいます
王者だから、何も怖くないから、言えるのだと思います。

獅子座でも、月の位置によっては、小さくなっている方もいます。
でも、小さくなるということ自体、力が基準だ、と、思っているからですね。
力が基準だと思わなければ、力がなくても、小さくなる必要はないもの。


清原さんの引退までをたどってきて、疑問に思うのは、
プロ野球界での、デッドボール(死球)のことです。

清原さんは、死球についてインタビューされた際に
「もしそういうことがあれば命をかけてマウンドに走っていき、そいつを倒したいと思う」と。

清原さんは、なぜ、こんな物騒なことを言ったのでしょうか?

打者は、打席に立って、来たボールを打とうと構えています。
まさに、無防備に打席に立っています。
投手は、デッドボールは投げないという前提だからです。

デッドボールを投げるような下手な投手が、プロ野球のマウンドに立つはずはないのです。
そりゃ、人間だから、たまにはあるかも知れません。

だけど、それは、プロなら、あってはならないことです。

だから、清原は、怒るのです。
お前は、プロではないのか、投手としての自覚があるのか、と。


こう言っては身も蓋もありませんが、
その打者を潰すために、投手はデッドボールを投げることだってできるのではないか、ということです。

デッドボールを投げたとしても、投手にペナルティーは無いのですから。
頭部の場合のみありますが・・・

なんか、おかしいように思うのは、私だけでしょうか?

逆に、清原のように、怒れば、
「報復を宣言したともとれる発言をしたため問題になった」し、

「退場処分を受け、パリーグから即日『厳重戒告・制裁金30万円・2日間出場停止』の処分が下され」ています。

もちろん、清原さんの言い方も、やり方も下手なんですけどね (+_+)

プロはミスをしてはいけないのです。
その筋の玄人だから

私は、そう思います。

デッドボールを出した投手にも、ペナルティは必要ではないでしょうか?


ともあれ、

清原さんが麻薬に手を出したのは、彼の責任です。

だけど、彼が自堕落な人間だったから、そうなったのではない、と、
ここまでの清原選手の歩みを見て来て思いました。

自分の弱いところ補うために、肉体改造など、トレーニングに励み、
その努力は、人一倍どころではないでしょう。

これほどに努力する人間が、なぜ・・・?

書き切れないので、この続きは、また・・・
m(*- -*)mス・スイマセーン

追記
デッドボールに対する投手へのペナルティーはあるようですね・・・調べ不足でした。
で、清原和博選手へのデッドボールって、ダントツ一位、196球だったのですね。
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